北海道ツーリング2007・その9 


養老牛の直線道路

旅行期間:2007年8月2日〜8月13日
走行距離2005.4km。北海道一周の旅


■8月10日(9日目)
 曇り

 摩周温泉の朝。外は曇りだ。今日は、開陽台前の直線ロードへ行くから晴れてほしいなあ、と考えながら、8時半に出発。

 東へ向かって走り出し、養老牛の道道へ。


養老牛の「牛」
どこにアゴの乗っけてるんや


♪うしうしうしうし、うしおどり
 道の向こうが霞んで真っ白。少し時間をおいた方が晴れてくるかと思い、牧場の前でひと休み。

 牛がこちらを見ているので、ちょっとサービスのつもりで牛踊りをすると、牛が集まってくるではないか。あ〜ビックリしたなあ、モ〜。


 いつまでたっても晴れそうにないので、発進。開陽台前に到着するも、先の養老牛より真っ白じゃないかぁ。

 とりあえずnabeさんに「ここが有名な直線道路だぁ!」と紹介する。
 残念じゃ〜。


 中標津の町に向かい、「ラ・レトリ」へ。ミルクとコーヒーのジェラートを味わう。う〜ん、うまいねぇ。

 食べながらメニューを見ていると「はちみつヨーグルト」という文字を発見。くださいなー。これが、メッチャ甘くておいし〜。朝から、曇りでさがりぎみのテンションも一気にアーップ。


甘〜い、はちみつヨーグルト

 内陸の別海方面へ走っても、同じ天気だろうから、海へと向かうことにする。標津のサーモンパークだ。

 そのすぐ南には、野付がある。おいらとしもPが初めて出会った場所だ。あ〜懐かしや。

 サーモンパークには、巨大な赤鉛筆のような塔が立っていた。


 当然サーモンを食べねばなるまい、と鮭親子丼を食べる。ところが道東の海沿いは寒いのか、nabeさんはあったかいラーメンを食べていた。

 再び牛ロードを走り、摩周へ戻り、いつもキャンプしている鶴居を見せようと、道道53号で釧路へ南下。空は曇ったままなので、淡々と移動。天気が良けりゃなあ。



鶴居の道道53号
 ここで、この旅一番の大事件発生!

 鶴居へ到着し、キャンプ場前のホクレンで給油。そろそろ4時だ。釧路湿原展望台でちょっと眺めたら、釧路のなごやか亭で寿司食おう、とnabeさんと打ち合わせて、ホクレンを出発。

 スイスイと走り、20キロ先の釧路湿原展望台へ。駐車場に入ると、パトカーが道路をハイスピードで通り過ぎていった。なんかあったんか? その時、携帯が鳴った。

「はいはい、武田です」と出ると
「鶴居の派出所なんですが」という。
 それと同時に、nabeさんが血相変えて近付いてきた。
「財布を鶴居で落としてきたかも」
 2つの話が一瞬にして繋がった。
「nabeちゃん、財布は鶴居の派出所にあるよ」

 電話で会話を続けると、まさにその通り。さっき給油した時に、落としていったのだそうな。

 「すぐにパトカーで追いかけたのですが、会いませんでしたか」と言われる。そうか、さっきのパトカーは、おいらたちを追いかけてきてくれたのか。ありがたや。


 電話を切り、鶴居へ向かって出発。走りながら、展望台で停まって良かったと思った。展望台なら往復40キロだが。もし、釧路まで行ってたら往復70キロ! 夕方5時から、それはつらい。不幸中の幸いや。

 鶴居に到着。キャンプ場入口前にある派出所へ行くと、優しそうなお巡りさんが出迎えてくれた。わざわざ、お茶にお菓子まで出してもらい恐縮する。でも、あったかくて嬉しい。nabeさんもホッとしたようだ。

 お巡りさんの話では、財布の中においらの名刺が入っていたので、携帯に電話してくれたそうな。おいらの名刺も役に立つんやなあ。

 続いて、財布を届けてくれたホクレンのおじさんへお礼の挨拶に。おじさん曰く、バイクが発進して、すぐに財布が落ちているのを発見したが、おいらたちはあっという間に走り去って行ったそうな。

 親切な人のおかげで、すぐに財布が戻って良かった良かった。鶴居でお世話になった皆さん、ホンマにありがとうございました。


道道53号のセイコーマートに立つ
電話BOX上の牛くん


本マグロかまとろ
 心をあったかにしながら、釧路の町へ到着。次は、お腹をあったかにしよう。釧路と言えば当然、なごやか亭だ。食うど〜!

 生さんま、トロキングサーモン、やりいか姿づくりを二人前、甘エビ、ボタンエビ、トロサーモン、本マグロかまとろ、あぶりサーモン、海水うに、筋子、やりいか姿づくり。
 あ〜、なごやかのやりいかはウマイ!


ぷりぷりのボタンエビ

大好物のやりいか

 続いて、中トロ、生さんま、厚焼きたまご、あぶりサーモン塩バター、甘えび。そして、ラストは本マグロかまとろ、一カン500円也。
 ごちそうさんま〜!
 食った食ったと釧路の宿に戻り、港の夜景を見下ろしながら、ビールで乾杯。

 嗚呼、波瀾万丈の1日であった。


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