「誰かが風の中で」

 02年6月ウェブサイト『DUNLOP RIDERS NAVI』に掲載

 風に吹かれるっていうのは、とても気持ちがいいもんだ。ピーカンの青空の下、風が頬をくすぐる。風に乗ってやってくる花の匂い、草の匂い。見上げれば白い雲が呼んでいる。あーっ、もう居ても立ってもいられない。バイクに跨り、さぁ旅に出るぞー!
 走り出した途端、心が旅モードに切り替わる。走るのがうれしくって、いつしか歌を唄ってる。この先に何があるんだろう。ワクワクしながら、おいらはバイクを走らせる。
 あれは、5月に旅した岡山ツーリングでの出来事。湯原温泉に向かう途中、『藤の花、咲いてます』という看板を見つけて、バイクを止めた。藤の花に誘われるように坂を上がって行くと、いっぱいの薄紫が民家の庭先を埋め尽くしていた。すげー、まるでぶどう園みたいや。こんな見事な藤棚、見たことがないや。ふと、甘くいい匂いがした。これが藤の匂いかぁ。心が安らぐなあ。

「まあ、お茶でも飲んでいってねぇ」

 民家から出てきたおばさんが笑顔で声をかけてくれた。
「遠くからもたくさんの人が見に来てくれるんですよ」と、おばさんはうれしそうに話してくれた。
「大きなバイクやねー。これから、どこへ行かれるんかな?」
「湯原温泉っス」
「それは道が違うわ。湯原へ行くなら、橋を渡らんと、真っ直ぐいかなあ」
「え〜っ、そうなんスか!?」
「こっちへ行ったら、町へ戻ってしまうで」
「がはははー。それじゃ、道を間違ったおかげで、この藤の花に会えたんスね」

 偶然道を間違えて、偶然看板を見つけて、今こうやって藤の花の下で、おばさんと話している。出会いっていうのは、ホンマ不思議なもんやなあ。お茶を飲み干して、お礼を言って立ち去る。たった半時間ほどだけど、満開の藤の花とおばさんに出会えてよかった。

「橋へ戻ったら標識が出てるから。今度は間違わんようにな」

 ありがとう、おばさん。
 元気をいっぱい給油して、おいらは風薫る道へとバイクを走らせた。
●武田 哲プロフィール
某メーカー系SEという世を忍ぶ仮の姿で旅を続けていたが、旅を住処とすべく、02年春ついに脱リーマン宣言。現在はフリーライターとして『ジパングツーリング』『OutRider』で旅レポを執筆中。旅するHP『アイアンホース』はこちら!